自慢の会社

有限会社木下風呂設備
有限会社木下風呂設備外観 有限会社木下風呂設備外観
 

代表取締役 木下 靜夫
富山市下大久保3578番地の8

      事務所
      有限会社木下風呂設備外観
      会社倉庫

 

 組合員の皆様、事務局はじめ職員の皆さまいつもお世話になりありがとうございます。合併後、様々な行事や勉強会でたくさんの方々に接し、大変楽しく感謝しております。
 弊社は、大沢野に向かう国道41号線沿いの地鉄バス停法林寺口前にあります。昭和38年に木下タイル店として創業し主に薪焚き式のお風呂にタイルを貼り天井と壁はリシンの吹き付け、つい最近まで主流だった一般家庭の内風呂造りを目的に設立しました。
 その後、温水ボイラーや電気温水器といった熱源機器が出始め、取付けに配管工事が必要となり、それがきっかけで管工事業を営む事となりました。
 平成に入り各市町村では、公共下水道の整備が始まりました。当社も一般家庭の排水設備切り替え工事や、水洗トイレ、ユニットバス、システムキッチン等の改造といった住宅設備全般の水回り業務に拡がっていきました。

   その頃、平成6年3月に有限会社木下風呂設備として法人化し、徐々に町の水道本管工事も手掛けるようになり、今日に至っております。
 当社のモットーは、依頼があれば1秒でも早くお客様のお宅に訪問し要望に応えてあげる事、地域に密着した工事店の経営、特に販売した商品や工事のアフターサービスには力を注いでおります。
 これからも親子3人がんばっていきます。皆様、応援よろしくお願い申し上げます。
(組合だより「水商売」Vol.45より)
有限会社木下風呂設備
先代発案 木下式薪風呂

 

第一冷熱株式会社
  第一冷熱株式会社外観
 

代表取締役 堀田 哲弘
富山市古寺379番地の4


   当社は、昭和44年3月に電機メーカーの営業職であった先代が、その製品の販売を目的として設立しました。当時は、各家庭に内風呂が普及しだした頃で、その熱源機器として電気温水器を販売、それに伴う接続配管工事をおこなったのが管工事業を手がけた始まりでした。
 次第に、風呂の給湯設備から住宅全般の水廻りへと業務が拡がり、他方では、パッケージエアコンやルームエアコンの冷媒配管、セントラルヒーティングをはじめました。今でも、35年前に手がけた床暖房設備や、チラーが現役で運転している施設があります。
 昭和50年代後半より、徐々に水道本管工事を手がけ平成に入る頃にはそのウエイトを大きくしていきました。その頃、富山市内の水道管の布設時に撤去したバルブの製造年が、会社設立の年号と同じであったので整備して事務所前に設置しました。
   また、流杉の浄水場の改築時には、口径1000mm超の管の布設を施工することができ、その経験と実績は、後の仕事に多くの影響を与えています。
 今日まで、業務する内容が変化しましたが、周りの皆様のお力添えにより、45年間事業を継続することができました。これらの実績をもとに、日々努力を重ね、誠実に業務を全うし、社会に役立てる企業でありたいと思います。
(組合だより「水商売」Vol.42より)
第一冷熱株式会社

 

株式会社婦中興業
  株式会社婦中興業外観
 

代表取締役社長 竹内 茂
富山市婦中町速星478


   JR速星駅前に本店がございます。
 本社前の道路も、電車が着くたび、若者達がファボレーに向って歩く姿も日常となっております。
 当社は昭和22年に設立し、本社を現在の地に移転したのは昭和53年のことです。
 現社屋は平成5年9月に改築しました。
 すぐそばには、河川増水の度にニュースとなった坪野川が流れており、当社の敷地内も幾度となく水害にあいました。
 その経験からも治水、災害防止への使命感を強く持った社員が多くいます。
 水道工事業を営ませていただく上で、工事施工の安心と安全を確実に行う。
 ライフラインの重要性と国土強靭化への一翼を担うカンパニーでありたいと思っております。
  会社周辺にはたくさんの商店街ができてきました。
 ランチなどにお勧めのお店など、ご紹介できることもあるかもしれません。
 お近くにお越しの際にはお気軽にお立ち寄りください。
  会社概要などはこちらを参照ください。
http://www.fuchukogyo.ico.bz/base2.html
(組合だより「水商売」Vol.41より)
株式会社婦中興業ホームページ

 

有限会社池田水道店
有限会社池田水道店 有限会社池田水道店外観
 

代表取締役 池田 賢治
富山市八尾町黒田3353番地


   当社は先代の社長が昭和42年4月に創立し、昭和54年9月に有限会社池田水道店として組織変更して現在に至っております。
 平成8年には、県道富山・八尾線の道路拡張工事に伴って事務所及び倉庫を建て替えるとともに、資材置場を八尾町内にもう一箇所設けました。
 昨年先代の社長が病気で亡くなり、2代目としてまだ未熟ではありますが、先代の社長が築いた地域での信用と実績、お客様や関係各社様との信頼関係を何より大切にしていきたいと考えております。仕事の大小に関わらず何事も真剣・誠実に取り組む姿勢を忘れず、お客様にとって頼りがいのある水道屋で在り続ける様、これからも社員一同頑張っていきたいと思っています。
 前述の通り会社は県道富山・八尾線に面しておりますので、八尾方面へ来られた際には是非立ち寄って珈琲でも飲んでいってください。(美女3人がお相手いたします。)
 終わりに、本コーナーで当社の紹介をさせて頂き、誠に有難うございました。
 今後とも皆様方のご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。
(組合だより「水商売」Vol.40より)
  有限会社池田水道店   有限会社池田水道店  

 

株式会社成憲
株式会社成憲 代表取締役 横山憲一 株式会社成憲外観
 

代表取締役 横山 憲一
富山市緑町1丁目2番11号


   当社は平成15年11月に会社を設立し、昨年9月に当組合に入会させていただきました。未熟者ですが皆様方と共に社会に貢献して参りたいと思います。
 多くの方々にご指導とご協力を頂き、今日を迎えることが出来ました事に大変感謝しております。
 さて当社は「自律の精神」を経営理念として、建築設備の施工管理やメンテナンスを主力に機動力のある技術集団でありたいと日々努力をしております。
 客先からの要望をひとつひとつ丁寧に対応することや、新たな提案をすることで信頼を得ながら地域に密着した企業となれるように努力をしているところでもあります。
 近年は受注金額が下がり、デフレ状態に苦戦しながらも施工実績が増えてくると財産が増えているような気がして嬉しく又、励みになります。
 今後も厳しい状況は続くでしょうが社員一丸となって頑張って参りたいと思います。
 終わりに本コーナーで当社のご挨拶が出来ましたこと誠にありがとうございました。
 今後ともご指導、ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。
(平成24年4月発行 組合だより「水商売」より)

  株式会社成憲社内   株式会社成憲社内  

 

宮本工業所
  宮本工業所
  代表 宮本 梅則
富山市本宮1859

  「おはようございます。」
人と人とのつながりは、挨拶から始まるのではないでしょうか。
我社はお客様とのつながりを1番に考え、お客様の満足を得られるよう、日々心がけて仕事をさせていただいています。
それは、初代が戦後開拓団として入植し、地元の人々の支えがあったからこそ、この地へ根付くことができたのだと思います。当初は初代が一人で始めた建築板金業のみでしたが、立山山麓粟巣野スキー場正面に位置する立地条件を活かした民宿(粟巣野館)経営も加わり、様々なお客様の要望に答えるべく、現在は元請施工を基本とした管工事を始め、様々な業種・施工方法に対処しております。
現場では「安く・早く・きれいな仕事」「手残し・名残し」をモットーとし、お客様に必要とされる我社でありたいと思っております。
地元に根付いた我社であり、今後も広範囲で「地元1番店」を目指し、技術向上を惜しまず、より一層信頼していただけるよう努力して行きたいと思います。
(平成18年発行 組合だより「水商売」より)

 

婦中機工株式会社
  婦中機工株式会社外観
  代表取締役 沖 定雄
富山市婦中町速星268-3

  新年明けましておめでとうございます。
2006年の新春にあたり、謹んで年頭のご挨拶を申し上げます。昨年4月の合併を機に、当組合へ新規加入したばかりにもかかわらず、本コーナーへのお声をかけていただき感謝いたします。この場をお借りして、組合員の皆様にご挨拶と今後のご指導ご支援をよろしくお願い申し上げます。
さて、当社は昭和35年の創業以来、婦中町の中心である速星にて、45年間地域の皆様に愛されて管工事業に携わってまいりました。
当社は企業理念として『職人魂を大切にし、技術向上を図り、お客様に満足していただける製品を提供することにより、地域社会へ貢献する』ことを掲げております。
いまどき『職人魂』など古いとお考えの方もおられると思いますが、確かな信頼は、確かな技術の上に成り立つという、当たり前ではありますが至極大事なことを、社員一人一人が肝に銘じて今日までがんばってまいりました。また、平成16年には、国際的品質保証システムであるISO9001:2000を取得し、更なるステップアップのために切磋琢磨しております。
昨今、建設業界を取りまく社会環境はめまぐるしく変化しております。そんな中でも、足腰の強い迅速な行動力と、確かな技術者となるために勤勉に努め、より一層信頼していただくことの出来る「婦中機工」として、地域に根ざし、事業に取り組んでいきたいと強く思っております。
(平成18年1月発行 組合だより「水商売」より)

 

株式会社嘉藤住宅設備
  株式会社嘉藤住宅設備外観
  代表取締役 嘉藤 和雄
富山市中市一丁目11番1号

  今年開業50周年
当社は昭和28年9月に燃料店として開業し、時代の流れと共に社名変更や法人化をしながら、今年50周年を迎えようとしております。
今ではリフォーム・家庭電化製品の販売・灯油の販売の3つの部門があり、中でも昭和50年の法人化以来、売上の大半を住宅設備を主とするリフォーム部門が占めております。
近年、50代60代あるいは、それ以上の年代のお客様のウエイトが高くなっています。そんな方々の住まいの修繕改築を多く手掛けてきております。今後共『地域社会の健全な発展と快適な環境作りを目指し、合わせて会社の発展と社員の幸せを追求する』をテーマに、地元富山の皆様に必要とされる企業を目指していきたいと思っております。
(平成17年3月発行 組合だより「水商売」より)

 

株式会社富山工務所
株式会社富山工務所 株式会社富山工務所
  代表取締役 石谷 博
富山市鹿島町1丁目2番20号

  当社は、昭和18年創業、昭和23年法人化として設立いたしました。
振り返りますと60年余りという永きに亘り、皆様のご支援を戴きながら、過ごさせていただきましたことに、この機械を借りまして深く感謝申し上げる次第であります。
私が、昭和48年4月に入社して、早や30年余りの歳月が過ぎ、当社人生の半世紀を担ったことに徒然なる思いがふけり、組合員皆様のご支援ご協力の賜物とあらためて感謝申し上げる次第であります。
初代石谷四郎は、当初より、現代用語で表現すれば、ライフラインに関する水道本管工事、ガス本管工事という、人間が生活を営む上での根幹を担う事業を起こし、今日に至っているわけであります。特に水は人間が生きてゆく元であります。皆様が毎日何気なく飲んでいます水、改めて水の恵みに感謝し、水の大切さを皆様と共に後世に伝えて行かなければならないと思う今日であります。水があってM富山工務所があることの再認識、水を通じて富山市管工事協同組合の一員になれた喜び、そして今後とも富山市管工事協同組合の一員として、当社を育てていただきますようお願いをいたしますと共に、谷川常務理事の発想で発足しました組合だより「水商売」が益々発展されますこと御祈念申し上げます。
(取材:石黒 大、平成16年8月発行 組合だより「水商売」より)

 

三金工業株式会社
  三金工業株式会社外観
  代表取締役 谷川 昌夫
富山市越前町3番5号

  当社は明治10年12月1日、個人経営谷川製作所として現在地にて発足いたしました。70余年の歳月の経過後、昭和23年7月1日をもって三金工業株式会社に改組し、現在に至っています。私で4代目となります。皆様によく質問されますが、三金工業の名称は私の祖父の時代、主に金物屋を営んでいた前社長三郎の一字と合わせ、三金工業と名をつけたと聞いています。
まだまだ未熟な私ですが、先祖が築かれました事業を受け継ぎ10年となります。常日頃、従業員に対してこのように生活させて頂いているのもお客様があってのことと教え、お客様の期待と信頼に応えるために確かな仕事でお返しし、またささいなサービスからも利益を得られるよう、絶えず親切な気持ちで対応するようにしています。
私は現在の不景気な時こそ、その力を発揮するチャンスだと思います。私たちは、人間の生活環境において重要な仕事を行っている事を忘れてはいけません。
(取材:重田 修作、平成15年6月発行 組合だより「水商売」より)

 

森商事株式会社
  森商事株式会社外観
  代表取締役社長 森 幹男
富山市二口町五丁目4番地の3  

  当社は昭和35年に設立し、おかげさまで去年40周年を迎えました。
今では、商事部・工事部・スペースデザイン部・土木部の4つの部署があり、中でも設立以来当社をひっぱってリードしているメインの部が管工事業を主とする工事部です。
今、人間社会を取り巻く環境の変化は目まぐるしいものがあり、企業を取り巻く環境も大きな変化をみせています。
当社は、こうした時代とともに変化するお客様の高度化、多様化したニーズに対応するには、何が一番重要であるかを追求し、いろんなかたちでプレゼンテーションしていきたいと考えています。
そして、4本の柱を中心に、社員一人一人のハイセンスな個性、技術力、創造力を結集して、地域に密着した営業展開をし、「次代への創造」を企業テーマにかかげ、地域社会に貢献できる企業を目指していきたいと思っております。
(取材:増田 幸広、平成14年1月発行 組合だより「水商売」より)

 

ワコー設備
ワコー設備
ワコー設備外観
  代表取締役社長 山崎 繁
富山市藤木2706  

  私がワコー設備さんに会社訪問したのは、7月の梅雨の明けた猛暑の日でした。
昼一番の約束で伺ったところ、自宅の方から仕事とゴルフで日焼けされた、元気そうな笑顔が印象的な山崎社長がやってこられました。
まず、社名の由来を聞くと、さつき科の一種の「ワコー」という花の名前から社名を考えられたそうです。きっと、社長には忘れられない思い出が「ワコー」という花にあったのだと思いました。
それから経歴をお聞きしたところ、中学を卒業後、何回か仕事を変えられましたが、子供が生まれたのを契機に手に職を持とうと思い、職業訓練所で配管の技術を学ばれたそうです。28歳の時に現在の(株)福山設備工業に入社、そこで2年間、勤務、修行され、30歳の時に独立されたそうです。
私が「ワコー設備」で思い出すのは、床暖房でした。その話を社長にお伺いしたところ、25年前から床暖房の設計・施工を手がけていて、業界では今で言う“走り”だった、とのことですが、初めの頃は失敗も多く、試行錯誤の連続だったそうです。
そうこう話をしている最中に、社長より真っ黒に日焼けした元気な青年が事務所に入って来られました。お尋ねしたところ、今度家業を継がれたご次男さんで、とても頼もしい印象を受けました。
最後に、組合、業界、ゴルフのことを熱く語っていただきました。自分なりの考えで歩んでこられた人生を、笑顔に出るシワが物語っていたようにも感じました。
(取材:濱田 健一、平成13年9月発行 組合だより「水商売」より)

 

株式会社松下工業
  株式会社松下工業
  (旧(株)松下配管工業)
代表取締役 松下 栄信
富山市中島3丁目4番20号

  弊社創業50周年を迎えるにあたり
昭和27年4月、松下ポンプ店として、サク井・水道工事業を開業して以来、時代の流れに対応できるよう、社名変更や法人化をしながら半世紀が経ちました。これも、皆様方の温かいご支援、ご指導があったからと心からお礼申し上げます。
私自身、当社に入社して以来25年がたちました。当初、商売上の免許関係の多さに驚き、必死の思いで資格取得に努力を重ね頑張ってきました。
月1度の安全衛生会議におきまして、常に「初心忘れるな」の合言葉を徹底し、社員全員が輪になって施工に当たり、無事故運動・全員各種有資格運動を目指しています。
平成7年の阪神大震災時、ガス工事部門で救護隊に参加し、悲惨な現地での工事にも全員で体験出来た事は大きな財産になったと思います。
今後とも、経験と実績を生かし、お客様に喜んでもらえるよう努力し続けていきたいと思います。
当社モットー3U+5S運動
3U
・Useless(ユーズレス)無駄 
・Unreasonable(アンリーズナブル)無理 
・Uneven(アニーブン)斑
5S
・Service(サービス)奉仕
・Speady(スピーディー)敏速
・Safety(セフティ)安全
・Sincerity(シンセリティ)誠実
・Success(サクセス)成功
(平成13年4月発行 組合だより「水商売」より)

 

有限会社ホンマル設備
有限会社ホンマル設備外観 有限会社ホンマル設備
 

代表取締役社長 本馬 兼二
富山市八日町128番地の3


  当社は昭和55年にスタートし、お陰様で今年で20周年。まだまだ駆け出しの身。それなのに、本コーナーで紹介を──との連絡で、軽く引き受けたものの今は悔いています。何故なら、改めて本欄のバックナンバーを読み返したからです。楽天家でずっこけの私には“経営理念”も無ければ“ポリシー”もありません。どうしてここまでこれたのか不思議なくらいです。そこで、今日までのことを振り返ってみることで勘弁願います。
若い頃、先輩から「何事も先々を思うことから始まる。ずっと思い続けているうちに、何時の間にか実現する」と教えられました。今顧みると、まさしくその通りでありました。独立したいという熱い思いも実現し、公認業者となって組合の仲間入りをして、先輩方との交流も夢でした。
私は母から「おまえは手モチヤ(手が遅い)だ」とよく笑われました。これは自分でも大いに認めるところです。その自覚がさせたものは、人より余計に時間をかけることでした。
早出残業は当たり前、今日中にと言われると私の頭の中は明日の朝8時までが今日の内でした。特に冬場は時間のロスが多い。遅く帰って朝早いのなら、いっそのことと徹夜したことも何回かありました。また、雪の日の朝、渋滞に入った記憶がありません。全くガムシャラそのもの、こんな親父の姿が子供たちの目にはどう映ったものか…。今は2人の息子が手伝ってくれています。実に有り難いことです。よくしたもので、親が頼りない分子供たちがしっかりサポートしてくれます。このことの方が、今日に至る大きな要因ではないかと思います。
これからは、何事も“お返し”の気持ちでいきたいものです。今後ともよろしくお願い致します。
本間社長は、見た目どおりの気さくで人当たりがとてもよい方でした。初めてお会いし、難しい課題を押し付けたのに、素直に引き受けてくださいました。とても感謝しております。
(取材:赤塚 寿央、平成12年9月発行 組合だより「水商売」より)

 

有限会社ニッセツ工業
  有限会社ニッセツ工業
  代表取締役社長 高森 彰
富山市高屋敷625

  当社は、昭和43年5月1日に「高森配管」として、給排水衛生ガス設備、建築配管専門の個人会社として開業し、昭和53年に「ニッセツ工業」に社名変更し、平成3年に法人化しました。
今思えば図面を描くのも、初期はT定規、中期はドラフト、現在はCADと、当社も時代の流れに対応していることを感じています。
施工にあたっては、今も変わらず初心を忘れずに、工程・安全・品質管理等を充分に行い、お客様のニーズに応えられるよう努力して、快適な生活環境を提案していきたいと考えています。
今では沢山の社員に恵まれ、当社も一歩一歩成長していくことの喜びを感じています。また社員たちにも働くことの喜びを感じてもらい、生き生きとしてもらえるよう、これからも指導していきたいと思っております。
沢山の点が集まり線になっているように、小さな点を少しでも多く集め、太くて丈夫な線にできるよう、「お客様を大切に」・「商品を大切に」・「社員を大切に」の3つをいつも忘れずに、21世紀に向かって事業を営んでいきたいと思っております。
有限会社ニッセツ工業を訪問して驚いたことは、平均年齢28歳という若い社員の方々、会社が社員に対する徹底した教育指導、社員の一人一人の仕事に対する姿勢、そして何より、会社にとって社員は大切な財産とお答えくださったことです。
施工管理、社員教育及び育成の整った素晴らしい会社だと思います。
(取材:重田 修作、平成12年5月発行 組合だより「水商売」より)

 

有限会社藤井設備工業
  有限会社藤井設備工業
  代表取締役 藤井 久成
富山市呉羽町441番地

  当社は、昭和45年に藤井配管工業所として開業致しました。
当初は私一人での開業で、現場作業から事務仕事までを一切こなしておりましたが、ようやく女房も手伝うようになりました。やがて、富山市公認資格を取得するため、女房がナント5回も責任技術者試験に挑戦してくれました。合格証書を受け取った時は、ウチの女房も「やるもんだなぁ」と、とても感激しました。当時は、富山市で160人の受験者中、女性はたったの2人。今から思っても、女房無くして、この藤井設備工業がやってこれたかどうか……。
さて、今では長男が後を継ぎましたし、従業員の力も借りられるようになり、大変楽になりました。
当社は、開業以来2つのポリシーを持ってやってまいりました。それは次のとおりです。
1.富山市のきれいで大切な水を、一滴たりとも漏らさない。
2.当社で手懸けた仕事は、最後まで面倒をみる。
この2本柱を念頭に置き、地域に密着した事業を今後とも末永く営んでいきたいと思っております。
(取材:飛騨 充、平成11年8月発行 組合だより「水商売」より)

 

稲野鉄工所
  稲野鉄工所
  代表取締役 稲野 弥平
富山市長柄町二丁目5の3

  私が水道に携わるようになった頃、市内は良い水の量も多く、自家ポンプで揚水していました。
昭和30年頃、鉄工業のかたわら自家水道や町村の簡易水道の布設工事業務をしていましたが、焼け野原の戦災地に都市計画が進んで、上水も中央部から市内の方々に配水されるようになりました。その頃の技術的業界情報は管財商より得られるだけでした。運搬車は大八車かリヤカー、そして小型トラックに移り変わる時代で、一般の現場では、尺や貫で作業をしていましたが、公的なものはメートル法になっていました。大きな変革期を迎えていました。
その頃丸喜工業の松井さんに偶然お会いし、「これからの水道指針は、有資格者により組合設立、富山の管工事のレベル技術高揚、国や県の認める試験制度に地元の合格者が多く居ないと中央より大きな企業が参入して下請けにあまんずる事になり、富山管工事業は今頑張って勉強し技術を高めることが急務である」とのお話を聞き、感銘を受けました。技能士の試験制度が全国に施行されるとの話を聞き、管工事の技術書本を集めることから始めました。富山の本屋に土木の本、水力学、物理学の本はありましたが、上水道の専門書は限られていました。私が旧制中等学校へ入学した頃は大東亜戦争で、勉強より学徒動員で、工場へ、そして終戦卒業と、英語、数学、物理、化学にしても、入門の初歩的知識もありませんでした。それに管工事会社に入社して技術を知ろうとしたわけでもなく、私には大変な事でした。
その後、2級技能士、1級技能士、責任技術者と次々に試験が行われ、合格することが出来ました。創立時は初代理事長松井氏を始め、世話人、理事の方々は大変な事だったと思います。その後も私も組合員となり協力させていただいている昨今です。
今は組合理事長、役員一同方々の指導で、市当局の情報や連絡が簡単にでき、また若手青年部会の方々が技術向上のため、いろいろと施策、講習等を行い、成果を挙げておられます。
今はコンピューター時代に入り、各申請書類も統一され、計画、積算も容易になりましたが、これも創立時の組合先輩各位の努力によるものと感謝しています。
(取材・飛騨 充、平成10年10月発行 組合だより「水商売」より)

 

昭和工業株式会社
昭和工業株式会社 昭和工業株式会社外観
 

代表取締役 山口 昭
富山市秋吉260番地の1


  信条「全員専門家への研鑚により、最高の業績と内容を達成する」ことを胸に、社会の基盤を担うべく社員一人ひとりがエキスパートとして、設計・施工・メンテナンスまでトータルに管理していきます。私たちの住む町がより豊かで快適になるよう環境に目を配り、新世紀に向かって行きたいと思っています。
★私たちは常にお客様の立場に立って、より快適な生活環境を創り上げるために、徹底した話し合いをした上で、仕事を進めています。これからの都市創りに携わる企業として一歩先を見つめた技術提案を行い、施工にあたっては、安全・品質・工程等の管理を充分に行い、お客様の満足度の向上に努めています。
★経験と実績の中で蓄積した技術の還元は、設計スタッフによって生かされています。人と自然の都市の調和を考えた快適なプランの提案は、多様なニーズに応えられる技術に基づくものです。メンテナンスやリフォームなどのアフターサービスを通じ、お客様により快適な生活環境を提案していきたいと考えます。
(平成10年5月発行 組合だより「水商売」より)